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脇見恐怖症のサイト

投稿者:隆志
更新日:2014/08/08 6:35
自分は特別ではないが、他人と対等ではある。
カテゴリ:脇民日記
自分は特別ではないが、他人と対等ではある。

脇見恐怖症という特殊な症状を持っていて、それはハンデで大いにありえる。
だけど、自分が特別である理由にはたりえない。

自分が特別とするならば、人とは違う存在になってしまう。
そんなことはない。

勿論自分にとっての自分は特別かもしれないが、考え、思い、行動することに関して人と同じ原理で動いていると思うから。
あれこれ考え悩み、好きな人を思い、自らが決めて行動する。
それに他の人と大差あるでしょうか?
私たちはたまたま脇見という悩みを持っているが、他の人も少なからず悩んでいる。

そして症状を背負っているからといって、自分を卑下することはない。
思想、学歴、容姿、色々あるが、そこに優劣などない。
もしあるとすればそう自分が思い込んでいる主観なのである。

容姿をとってみると、私は背が低いという人がいるとして、背が高い人に劣等コンプレックスを持っているとする。
でも、背が低いことが劣っていると誰が決めたのでしょう?

社会の風潮? 友達の意見?
そうかもしれないが、それをそう思った自分なのです。

周りになんと言われようと、自分がそう思わなければそれは劣等コンプレックスになりえない。
むしろ発想の転換で、背が高いと威圧的に取られるが、私にはそれがないと考えれば、長所にもなるのです。

自分の考えをマイナスの方向からプラスに変えるのは難しいように思う。
だけど、難しいから出来ないと思うのは私の望むところではない。
ならばやることはただ1つ。
信じるということ。

原因に目を奪われるのではなく、その原因から私はどう思ったのか。
その思考の癖を変えるしかない。プラスの方向に。

もう一度いいます。

自分は特別ではないが、他人と対等ではある。

自分は他の人と変わらないし、変わらないから同じなのである。
存在としての話ですけど。

自分で自分の可能性を潰さないように、他人と比べて生きないように考えを改めてみる。
コメント:
[1]隆志
更新日:2014/08/09 10:39
悪いように考えるのは楽だけれども、最終的には良いように考えた方が自分のためですよね。
思考の癖を改める必要があると思いました。
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