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脇見恐怖症のサイト

投稿者:隆志
更新日:2015/01/28 7:12
脇見恐怖症の個人的考察①
カテゴリ:脇民日記
私の個人的な意見ですと前置きさせて頂き、思うことを書いていきます。

まず脇見恐怖症という症状にどうしてなったのか?

脇見恐怖症という症状になる前も、人の視線を気にする人物で、
人と目が会えば視線を逸らしがち、
人とすれ違う時はどこに視線を送ればいいか少なからず悩んでいた過去があります。

なるべくしてなったというか、でも決定打ではなかった。

私は人と仲良くなりたいという欲求と行動が違う方向を向いていて、
自分のこころを抑圧していたが為に、
その欲求が爆発したと考えています。

脇見恐怖症とは、強迫神経症に似ていて、
他の人が気にならないことに固執してしまうところが原因と思います。

我々は気付いてしまった。

自分の視線がコントロールできないといえばそう取ることもできますが、
寧ろ自分の視線を制御しようと心掛けてしまっている自分がいることに。

一度気付いてしまったことは、その事象を忘れるか、気にしないかしないことには
おさまらない。

私は大学に入って暫く、脇見恐怖症のことを忘れていた時期があります。
症状は全くでていなかったですし、授業もそれで苦になったということはなかった。

私は軽い症状の方は、積極的に忘れる努力をするべきだと思います。
例えば、脇見を連想させることから自身を遠ざけること。
つまりはこういったサイトを見ないことも大切だと考えるのです。
勿論、忘れられる可能性のある、初期の段階の話ですが。

脇見恐怖症のことが忘れられないくらい、思考の一部となってしまっている方は、
脇見しても大したことはないと高をくくる努力が必要になると思っています。

脇見は辛いものだと烙印を押すと、そこから目を背けるのは大変です。
脇見恐怖症は対人恐怖症の一種だと思いますから、
相手がいることなので、そうそう自分の意思で動くことが難しい。
だけれども、自分のこころを決めるのは自分でしかない。

相手のことをいくら思ったところで、そこは立ち入れない領域なのです。

まずは辛いと嘆くのではなく、なんとかなるさと症状を致命的なものにしない。
人から何言われようが、他人は他人と考える。

脇見が重症化し忘れられないなら、それに重点を置かず、
脇見を気にしない、しても深く考えないようにすべきです。

そのためにもオフ会に参加して、他の脇民が至って普通であるとか、
脇見を感じないとかを感じ、
それを信じ続けることも1つの方法だと思います。

脇見、脇見といっていては、どつぼに嵌るだけ。
脇見だけれども何か問題でも? くらいのこころを常にもっていたいものです。

そうなる為には、自分に確固たる信念、自信を身につけることが重要です。

時間がなくなってきたので、この辺で失礼します。
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