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脇見恐怖症のサイト

投稿者:みき
更新日:2014/09/19 9:02
今のままの自分じゃダメだから変わろう、としていませんか?
カテゴリ:脇民日記
私はずっと、『今のままの自分じゃダメだから、変わらなくちゃ!』と思ってやってきました。
私の何かがおかしい、ダメだからこんな心の病になっているんだし、
人間関係もうまくいかないんだ、と思っていました。
だから、根本から自分を変えないといけないと思い、たくさん本を読み、良さそうなセミナーに行ったり、
いろんなセラピーを受けたり、自分としては一生懸命自分を変えるためにやってきました。

 
でも、変わりませんでした(>_<)

 
私のやり方がおかしいんだ、受け取り方が間違っていたんだ、ちゃんと出来ていないんだ、
努力が足りないんだ、と思って、『もっと頑張らないと!!自分に甘えてるんじゃないのか?そんなことでどうする!』
と自分を責め立て、変わろう変わろうとしました。

 
結果的にどんどん苦しくなっていきました。

 
私は、自分を責めているということに、全く気がつかなかったんです。
責めると言うか、自分に厳しくするのは当たり前だと思っていたし、
こんなダメな自分を甘やかしていたら、もっともっとダメ人間になると思っていました。
だから、私は『自分の為に』良い事をしていると思っていたんだろうと思います。

 
若い時の苦労は買ってでもしろ!ってよく言うじゃないですか。
苦労した先に、幸せは待っている、とかも。

 
今は、そういう考えは捨てました。
幸せは苦労しなくても手に入る。(すでにあることに気づくだけらしいですが)
心理カウンセラー心屋仁之助さんの受け売りですが、今はそう思っています。

 
私が自分を変えよう変えようとして、変わらなかったのはどうしてなのか?
それは、自己否定感がベースだったからだと教えていただきました。
今のままの自分ではダメだから変わろうとするのは、自己否定感がベースになっています。
自分には価値があって、自分のことは大切だから、もっと良くするために変わろうとするのは自己肯定感がベースになっています。

 
この2つの違いは、ものすごく大きいです。
結果が全く正反対になるそうです。

 
ダメだから変わろうとするのは、精神的な自傷行為であって、もしうまくいかなければもっともっと自己否定感が大きくなります。
うまくいったら自分を肯定できますが、常にうまくいってないと、自分を肯定することができません。
だから、もっと頑張らないと!うまくやらないと!と常に自分を追い立てます。
基本、自分はダメで変わらないといけないという考えなので、失敗は自分を責めてしまうことになるんだと思います。(やっぱり自分はダメだな)
失敗が成功の元とはならず、失敗は失敗の元、になっている状態。

 
でも、自己肯定感がベースにあると、うまくいかなくても別の方法を考えたり、失敗を成功に変えることができます。
基本、自分には価値があると思っているので、うまくいかないことがあっても大きなダメージにはならないんだと思います。
うまくいったらさらに自分は良くなるし、失敗したらそこから学んで成功につなげることができるんだと思います。
だって、基本それだけの価値が自分にはあるから、と思っているからです。

 
私は確実に自己否定感がベースになっていました。
だから、いろんな事を学んでも、たくさん行動しても、それが全然自分の身につきませんでした。
自己否定感がベースな所に、どれだけいいものを積み上げても、1つの失敗で全てが崩れてしまったし、
常に自分を肯定できることをやらないと、あとがない(自分を肯定できない)ような感じで常に緊迫した状態でした。
いつも切羽詰まっていたし、心の平安とはほど遠かったです。

 
こんなにやっているのに、どうしてうまくいかないんだろう?とずっと思ってきました。
変わりたい!と思うその心のベースが、自己肯定感からくるものなのか、自己否定感からくるものなのか、
この違いは本当に大きいです。

 
今の自分ではダメだから変わろうとするのではなくて、自分は素晴らしいんだからもっと良くするために変わろう、とした方がいいと思います。

 
私は、行動することだけがいいわけじゃないと思っています。
自己肯定感をベースとして、行動するなら、失敗も全て自分の糧になると思います。
でも、自己否定感がベースである行動なら、失敗したら余計に自分を責めて辛いし、常に行動してないと不安になります。
行動する前に、自分のあり方を見直す、変えることの方が私は大事だと思っています。
自分のあり方がダメだから変えるんじゃないですよ?(←これは自己否定感がベースですもんね)
自分は素晴らしい存在だから、そういうことにする(変える)ってことです。

 
脇見恐怖を治したい、と思うその心のベースは自己否定感なのか自己肯定感からくるものなのか?
一度、考えてみてください。
自己否定感をベースにしたものだとしたら、いつまでたっても、心の平安は得られないかもしれません。
私のように長年悩みの渦から抜け出せないことになるかも・・・。

 
長々書いてしまいましたが、すごく大事なことだと思うので書かせていただきました。

 

コメント:
[1]カピパラさん行進曲
更新日:2014/09/19 22:40
みきさんこんにちは。

なるほど、自己否定感ですか…思えば私のベースに自己肯定感はないです。

ただ自分に価値があるって思うのはなんかおごってる感じがしてしまう気がするし今も価値があるとまでは思えないです。代替のきく存在だなって思ってしまいます

だから最近は人付き合いのなかでは一部の仲のいい人達からだけでも大切な存在になりたいなってそんな風に思うしそういう関係性を求めてるかもしれません

ただ自分の事は自分にとって大切なんだと気づきました。それは誰しもそうだろうと思います。そして自分が本当にやりたいことをやらないで人の目や他人の気持ちだけを優先してしまうのは自分にとってとてもよくない事だということも…

自分がやりたいことは心の奥にあるはずなんで、それを大事にすることはエネルギーになるはずなんです。だから辛くても前に進めるんだと思います

私の場合自分を変えていこうと思いましたが、どうしようもないことはおいておいて変えられるところをよりよく変えていくというそういう考え方でした。

それは結構お勧めだと思います。逆境でも前向きに考えられるかもしれません

おやすみなさい!
[2]カピパラさん行進曲
更新日:2014/09/19 23:10
というか自分を変えておこうというよりも行動を変えていこうって感じです。

苦手な挨拶とかお金を貰える仕事をするとか。自分の神経質な性格や細かいところ心配性。

そんなのは変えられないかもしれません。ただ引っ込み思案はなおりましたけどね。

今あらたな自分、自分を出していくということをお試し中です。

人の気持ちばかり考えて生きてきたので、人の気持ちには敏感かもそれません。

なので出しすぎることはないですが、自己主張は衝突や摩擦も生むことがあると思うので、ある程度の覚悟もできています。

過去にくらべれば大分のびのび生きているとおもいます
[3]みき
更新日:2014/09/20 13:15
>カピパラさん行進曲さん

自分のベースが自己肯定感なのか自己否定感なのか、なかなか自分では意識できないかもしれません。
自分で意識できる部分は5%で、無意識の部分は95%と言われているので
自分では自己肯定感がベースだと思っていても、実は95%は自己否定感だった、とかの場合もあるでしょうし、その反対もあると思います。
自分のことは、意外と自分でよくわかっていないのかもしれないなぁと思ったりします。

価値がある存在、という考えは、自分だけが特別価値がある存在というわけではなくて、
自分も他人も等しく価値のある存在という意味です。
他の人と比べて自分は特別価値がある、と考えるとおごっているようでそんな自分を認められないかもしれませんが、
どの人も等しく価値がある存在で、かけがえのない存在、という意味で考えると
私には価値がある、という考えはごく自然なことかなと思います。
私にも、あの人にも価値がある、という考え方です。

例えば、会社などで自分が居なくても同じことは他の人もできるし、
自分の代替なんていくらでもいる、って思うかもしれませんが、
自分と同じ事が出来る人はいるかもしれないけど、自分という存在と全く同じ存在の人はいないし、
代わりになる人はいないと思います。
仕事を代わりにやってくれる人はいても、その人自身の代わりにはなりえないと思います。
どの人も、かけがえのない存在で、必要だからこうして存在しているんだと思います。
だから、カピパラさん行進曲さんの代わりになる人はいないし、価値ある存在だと私は思います♪(*^^*)

神経質なところや心配性なところなど、そういう性格を直したいと私も思ってきたんですが、
これも見方を変えれば直さなくていいところかもしれませんよね。
私は悪いとこだらけだと思ってきたんですが、神経質で心配性にもいいところはあるんだと思います。
神経質や心配性がダメなのではなくて、偏りすぎると問題になるというだけで、
神経質だからこそ細かい気配りもできて、心配性だからこそ準備もしっかりできるのかもしれませんし、
見方を変えれば、いくらでも長所になりえると思います。

全てはバランスの問題のような気がしています。
神経質になりすぎても問題だし、神経質じゃなさすぎても問題になると思います。
神経質なところを直すのではなくて、神経質の良い面を出していけばそれは長所になり活かすことができますよね。
神経質なのはダメだから直そうとするのは、自己否定感がベースになっていて、
神経質の良い所を引き出そうとするのは、自己肯定感がベースになっていると思います。

私たちは、まるっきり別の人間に変わるのではなくて、今のままの自分のままで良い面を引き出す、短所と思っていた所を長所に変換するのがいいんじゃないかと思います。
だから、今のままで幸せになれる、って言うんじゃないかなと思ったりします。

あらたな自分を出していく、ということにチャレンジしているんですね!!
私もそうなんです♪
自分に自信がなかったので、自己主張なんて出来なかったし、人との衝突をものすごく怖れていたので(嫌われたくなくて)
自分の気持ちを抑えて生きてきたところがあります。
今までそれで私は幸せだったか?と言われたら、決して幸せではなかったし、
自分の人生を生きているという感じが全くしませんでした。

自分を出すと、共感してくれる人もいるだろうし、反感を買うこともあると思います。
それはこれだけの人がいるので仕方のないことで、分かり合えないこともあるかもしれません。
それはもう受け止めるしかないよなぁと思って、私も覚悟をしています。

それでも、今まで嫌われるのが怖くて自分を出してこなかった私は、嫌われることは少なかったかもしれませんが、好かれることもなかったんじゃないかと思います。
好かれたとしても、いつも自分を隠しているような罪悪感にとらわれていたし、
本当の自分を知られてしまったら嫌われると思って、常に神経過敏になって相手の期待する人物像を演じていたような気がしています。
自分を出すと、嫌われることもあると思いますが、その分、ありのままの私を好きになってくれてそのままの自分で居られる関係ができるかもしれません。
私は嫌われることを極度に恐れていたため、自分のままで居られる関係性を作ることも放棄してしまっていたんだと思います。

どっちを取るか?だと思います。
私は、これからは嫌われてもいいから、ありのままの自分をいいと言ってくれる人たちといい関係を作っていきたいと思っています。
だから、嫌われてもいい、とつぶやきながら、恐る恐るですが自分を出していっています。
このサイトに記事を投稿する事もその一つです。

カピパラさん行進曲さんはのびのび生きられているんですね♪
過去の自分と比べると、私も一年前の私と比べたら自分のダメなところも肯定することができているなぁと思う事が増えてきました。
まだまだ自分イジメを無意識にやってしまいますが、自分に優しく自分を尊重してこれからもやっていこうと思っています♪(*^0^*)
[4]隆志
更新日:2014/09/21 20:22
確かに私も自分を否定しがちです。
自分を肯定するには自信が必要です。
その自信が私にはかけています。

結構人に傷つけられてきたこともありますし、知らないところで傷つけてきたこともあると思います。
一個人ではそのどちらも全て癒すことはできませんが、自分の出来ることを少しずつやろうと思います。

自分が全てになりがちですが苦しくなったら人を頼って、プライドなどかなぐり捨てようと思います。

一人でできることに目を向けるより、みんなで何かを成し遂げられたらいいなぁと思います。

結局自分は宇宙の一員で、ちっぽけな存在です。
他人から見れば取るに足らない存在かも知れないです。
だから自分だけは自分をしっかり見つめ、だけどもそんなに重荷を背負わなくてもいいのだと思います。
[5]みき
更新日:2014/09/22 13:25
>隆志さん

私も自信がすごく欠けていて、自信を持つということが1つの課題です。
心屋さんから学んだのは、自信を持つには根拠がなくてもいいって事です。
何かが出来るから、苦手な事が出来るようになったから、人に認められる自分になったから自信を持つ、っていうのも1つの自信ですが、
それだと何か自分を肯定できることがないと自信が持てない、という事になりますよね。
自信を持てる根拠があるから、自信を持てる、っていう感じです。

自信を持てる根拠がなくなってしまったら、また自信を持つために頑張らないといけない事にもなるし、
自分よりも優れた人が現れたら自信がなくなってしまうかもしれません。

根拠のある自信って案外もろいんですよね。

そうではなくて、根拠のない自信がいいそうです。
ダメな所もひっくるめて自分に自信を持つ。
自信を持つことに根拠なんていらないそうです。
そういう自信がベースにあると、何が来ようが揺るがないんですよね。

私はそういう根拠のない自信を目指そうと思っています。
あ、でも、根拠のある自信がダメなんじゃないですからね。
もちろんそれも自信になりますし♪
ダメとか良い、とか、そういう極端な話ではないです。
根拠がなくても自信を持ってもいいという話です。

自信って自分を信じる事ですもんね。
自分を信じる事に理由とか、根拠なんていらないんだと思います。
ただ、信じさえすればいいだけかもしれません。

私も苦しくなったら人を頼っていきたいと思っています!!
辛いよ~~苦しいよ~助けて~~~って言ってもいいし、
助けたいと思っている人もたくさんいるんだと教えていただきました。
自分を助けさせてあげることで、人の役に立つ事もあるんだと。
弱音を吐くことが、人の役に立つ事があるんだと知りました。

立派な人だけが、人の役に立てるわけではないみたいですね。
みんなで助け合っていきたいですね!!
[6]ろぼん
更新日:2014/09/22 15:25
ユカです。

みきさんの「自分が好き」と言える人に会ったお話で、
ハッとしました。
私も言えません(^_^;)

そして、人から嫌われないにはどうしたらよいかばかり
考えていて、自分を好きになることは考えていませんでした。
自分が好きでないのに人に好きになってもらおうとしていました。

脇見を治すことも、自己否定感からです。

でも最近、小さなことですが、今までと違う行動を
取れたり、出来た!というようなことが重なり、
少しずつ自分を肯定したり、好きになっていけそうな気がしました。

そしてさらに、みきさんのコメントを読んで、
そうか、根拠のない自信でいいんだ!と思いました。

脇見はまだまだなので、これからも皆さんのお話を
参考にさせてもらいます。
みきさん、そうですね!みんなで助け合っていきたいですね(*^_^*)
[7]みき
更新日:2014/09/22 17:26
>ユカさん

私もユカさんと全く一緒で人から嫌われないにはどうしたらいいか?ばかり考えてきました(>_<)
ダメ人間だからもっといい人にならないと・・・と思ってきたし、
自分を否定しまくってきたと思います。
自分を好きになる行為とは正反対だったと思います。

自分が自分のこと好きじゃないのに、人に好きになってもらおうとしていました!!
本当にその通りです(^-^;

ユカさん、少しずつ自分を肯定したり好きになっていけそうなんて素敵ですね♪(*^0^*)
私も小さな事だったとしても、当たり前とせずに自分を褒めて肯定していきたいです♪(*^^*)

24時間、私は私とずっと一緒なのに(私だけが一緒ですよね~)、私はいつもいつも自分に対してヒドイ仕打ちをしてきたように思います(>_<)
ダメ出しばっかりで(>_<)
優しくなんて出来ませんでした(T_T)←ダメ人間だと思っていたから・・・
そんなにイジメていたら病気にもなりますよね。
自分にヒドイ事をしている、っていう自覚がなかったし、あまりにも当たり前のことすぎて習慣になってて気づきませんでした。

まだまだ脇見のことで自分をイジメてしまう私ではありますが、
みんなで支え合って、改善していきましょうね!!
『自分のこと好きです』って前の自分より思えるようになるように・・・。
コツコツと積み重ねていきたいです♪(*^-^*)
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